豊田城の主 その1

雑談

 

ちょうど2年前、私は平成27年9月関東・東北豪雨で被災しました。私の場合車を失っただけで済みましたが、同じ場所に住むことができず、引っ越しを余儀なくされました。今回はそれを題材にエッセイを書いてみました。もちろんノンフィクションです。アイキャッチの画像は避難中に撮影したものです。この場所にいた人は多くはありませんでしたから、貴重な写真だとおもいます。

不穏な朝

9月10日朝、私は盛大なモーニングコールで目が覚めた。窓ガラスに雨がバシバシ当たるし、風の音もうるさいのである意味賑やかな朝であったが、全く気持ちよくはない。外をみるとすでに大雨で田んぼは水浸しになっていた。時折吹き付ける強風でまだ収穫されていない稲は、所々なぎ倒されている。この状態で出勤して大丈夫なのか不安ではあったが、特に避難指示が出てはいなかったのでとりあえず朝食を食べて支度を済ませることにした。私の家の前の道は農道も兼ねていてあまり状態の良い道ではなかったので、車で通れるのか一応確認する。大雨ではあるが通行には問題ないようだ。出勤経路は通行可能かわからないし、雨で渋滞している可能性があったので、この日は1時間くらい早めに出勤することにした。

私の出勤経路は鬼怒川沿いの道路を通る。その日は大雨ではあったが、普通に通行可能であり特に渋滞もなかったので、もっと寝ていればよかったと後悔した。途中でコンビニに寄って行こうか、職場で始業時間になるまでだらだらしていようか迷ったが、雨の影響でトラブルが起こっているかもしれないと思い、とりあえずは職場に向かった。この時はまだいつも通りの出勤、いつも通りの仕事、いつも通りの日常が始まると思っていた。しかしすでにいつもの日常が崩壊しつつあることに全く気が付いていなかった。

その兆候はすでにあった。鬼怒川の水位がこの段階ですでに見たこともないレベルだったのだから。大雨の日に川に近づかないことはまあ常識なので、さすがに野次馬根性を発揮して見に行くことは考えてはいなかったが、それでも通勤途中で鬼怒川を多少は見ているわけだから、いつもとはなにか違うと気づくべきだったのかもしれない。ただ私は川の専門家ではないのでいつもより水位が高いとしか思っていなかったし、そもそも避難指示が出ていなかったので些細なものとして気に留めることもなかった。

異常に気が付いたのはしばらく車を走らせて、職場の近くまで来たときだった。右折して脇道に入ろうとすると、濁った水しぶきが視界を遮った。あわてて急停止して周囲を確認する。道路がすでに冠水していたのだ。だがその範囲が尋常ではない。たしかに水はけの悪い場所ではあるが、ここまで広範囲に冠水したことは見たことがない。水位はふくらはぎのあたりまであり、奥に進むとさらに深くなっていた。道路というよりは池といっても違和感を感じないレベル。これ以上進むと車が水没してしまうので、とりあえずこの突如出現した池から脱出するためにゆっくりバックして陸に上がった。

この後う回路を探したものの、すべて冠水しておりとても出勤できそうもない。しかたがないので私は引き返してコンビニに一時停車し、会社に連絡した。すでに多くの従業員が出社不可能な状態になっているようで、有給取得の許可がおりた。出社できないのでもうどうしようもないので、休暇を申請することを口頭で伝えて、家に戻ることにした。

引き返すと鬼怒川はさらに水位が上昇しており、さすがに身の危険を感じた。ラジオでもひっきりなしで警報やら今の状況やらをつたえていたので、これはさすがにまずいと思い、家ではなく避難所に向かった。この状況にもかかわらず、私はとりあえず避難所にいって待機して、落ち着いたら家に帰るだろうと思っていた。それどころかついでにスーパーに立ち寄って日用品を買っていこうかと考えていたくらいだ。今思うとほんとのんきに考えていたものだと思う。

だが引き返して避難所に向かうことが、この状況で最悪な選択だとは、この時知る由もなかった。

(つづく)